「政治の再生 」
2007/11/04の紙面より
「耐え難い格差を生じさせることにより、国内にいわば二つ(以上)の国を創り出し(すなわち、自分たちは代弁されていないと感じる巨大なグループの誕生を許し)、国家の基本にかかわる意思決定もままならなくなる状態を発生させてはならない」という政治の基本、国家安寧の知恵を再生しなければならないと感じる日々です。
- 東京重視に大反論 -
現在、わが国には地方の国と都会の国があると感じている国民が(少なくとも地方には)非常に多く、その結果、国家の基本にかかわる「憲法改正」や「主張する外交(防衛)」の議論がままならなくなったのは記憶に新しいところです。過去、諸外国では、人種差別、宗教弾圧などにより国内にいわば二つ(以上)の国を創り出し、統治がままならなくなった例が多数見受けられます。
問題の本質は、単なる格差ではなく耐え難い格差が生じたときに国内にいわば二つ(以上)の国が発生するということであり、耐え難い格差が生じているか否かの判断はそれほど簡単ではないということです。
まずはバランス感覚の欠如した政治家に政治の基本、国家安寧の知恵をしっかりと理解してもらう必要があります。「地方への配慮を求めるのは地方の努力不足、地方のひがみではないか」「都民の納めた税金を地方に配分するのは腹が立つ」「地方の道路は大体できている」「東京の道路混雑に都民が怒っているから東京の道路整備を急ぐべきだ」。これらは、国会で日常的に繰り返される同僚議員の発言であり、私は毎度大反論します。
一方で、地方選出の国会議員の数が少ない上、格差が耐え難いものであることを口で説明して納得を得るのはそれほど簡単ではないため、結果的に国会や内閣が十分なアンテナを張れず、政治が耐え難い格差の発生に気付くのが遅れるという問題もあります。
- 地方の窮状伝える -
地方がしっかりと声を上げなければなりませんが、「言うは易く行うは難し」で、あの参院選後の党総裁選の際の党青年局・青年部の公開討論会でも、鳥取県などごく少数の代表以外地方の窮状を全く訴えませんでした。天下国家を論じる方が格好良いとか、都市と地方の対決は好ましくないとか、いろいろな思惑がありますが、逆説的に言えば、都市と地方の決定的な亀裂、対決を生じさせないために、国会議員をはじめとする地方の政財界の代表は、たとえ軋轢(あつれき)を生じても、地元の状況、特に窮状について声を大にして国会、内閣に伝え続ける必要があります。
私も、国会、内閣やマスコミに対し、「地方では一揆が起きている」、「国内に二つの国ができている」という発言を繰り返し、少しずつ政治のバランス感覚や地方への配慮の必要性について理解を得つつあります。国内のすべてのグループが自分たちは代弁されていると感じる国とは赤沢が一貫して長期ビジョンに掲げる配慮大国そのものです。引き続き配慮大国の実現を目指します。
※このホームページのリレーコラムについては、縦書きの記事からの転記のため、このような漢数字の記述となっております。